駒澤大学

コマザ・話ールド

学部・学科の学びにまつわるコラムを紹介します。身近な疑問を分かりやすく解説!各学問への好奇心が高まります!

文学部

なぜ学習は思うように進まないのでしょうか?
文学部

私たちは物心ついた時から、実にたくさんの学習を行います。小さいときは、物の名前や時計の見方、自転車の乗り方、どうすればママがお菓子を買ってくれるかなど人付き合いなども上手に学びますし、学校に行くようになれば、国語、算数、理科、社会、それにスポーツや音楽に打ち込む人も多くなります。
そんな時によく感じるのが「なんで覚えるのが遅いんだろう」とか、「昨日覚えたのに今日は忘れている」というじれったさではないでしょうか。つまり、分かっているはずなのに、実際にはできない、後戻りしたりするということです。教科書に載っている学習曲線は平均値で示されるのできれいな曲線を描いて増加していきます。しかし、実際に個々のデータを観察すると、学習はできたりできなかったりを繰り返しながら少しずつ進んでいくことがわかります(図参照)。ときには1歩進んで2歩下がるようなことも繰り返しながら進むのが学習の自然の姿なのです。また、進み方にも個人差がありますが、早ければいいというものではなく、ゆっくりと歩んだ方がしっかりと学習できる場合がよくあります。

実家の近くにローカル線の鉄道が走っているのですが、どんな人たちが利用しているのですか?
文学部

実は、正確にはわからないのです。鉄道会社もそのような情報をもっていません。ワンマン運転で、料金箱を設置している鉄道、路面電車、バスなどでは、駅・停留所ごとの乗車人員も把握できません。料金箱の中身から、全体の乗車人員を推定しているだけです。まして、利用者がどこに住んでいて、何歳ぐらいの人で、どんな目的で、どれくらいの頻度で利用しているのか、どこに行こうとしているのかまったくわかりません。また、一つの路線でも、場所によって、利用する人や利用のされ方も違ってきます。中小の鉄道会社は毎日の安全運転に精一杯で、それ以外のことをする余裕がないのが現状です。もし、その路線の将来を考えたり、存廃問題を議論するようなとき、これらの情報はとても重要です。交通地理学の中でも、公共交通を主に扱う分野の人たちは、このようなことも明らかにしようとしているのです。

女性の「戦国大名」がいた?
文学部

戦国女性というと、悲劇を背負った信長の妹お市、細川ガラシャ夫人そして淀殿、一方で秀吉を支えた北政所などが有名です。
戦国時代、東海地方で大名として領国を広げた今川氏に嫁いで活躍したのが、京都の公家中御門家出身の寿桂尼です。夫・氏親は晩年持病に悩まされ、政務も満足にとれない状況。氏親の跡を継ぐのは嫡男氏輝ですが、若年で、また病気がち。そこで、寿桂尼の登場となるわけです。
寿桂尼は、「帰」(「とつぐ」と読む)の文字を刻んだ印章を用いて、領国支配を行っていきます。その最初が、氏親没後約3ヶ月たった9月26日に、浜名湖岸の大山寺という寺院に出されたもので、その内容は、故氏親が認めていた土地や権利を、「相違なく認める」というものです。じつはこれが大事なところで、氏親が認めていた諸権利を、継続して認めるということは、寿桂尼が氏親の権限を、そのまま引き継いだといえます。また、氏親の死直前に制定された領国内の統治に関する法令「仮名目録」にも、おそらく寿桂尼が大きく関わっていたと思われます。当時女性が用いた「かな交じり文」で成り立っているからです。
こうして考えていくと、寿桂尼は「戦国大名」として、一時的であれ存在したということがいえるのではないでしょうか。日本史上、明らかに女性の戦国大名が存在したのです。歴史学は史料を基礎に成り立つ学問です。史料を集めてどう分析するか、その時、ささやかですが、新たな「歴史事実の発見」に出会う事を実感できます。
ところで、今年の大河ドラマは真田幸村、来年は戦国時代の「おんな城主」が主人公のようです。どんな戦国女性が登場するのか楽しみですね。

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