FACULTY

歴史学科 日本史学専攻の特徴

駒澤大学へ行けば、どんなことを経験し、学べるか。
まずは学科で展開している学びの個性を知ろう。

1年次からの本格的な学びで独自の歴史像を構築

1年次から本格的に日本史を学べる日本史学専攻。年次を経るごとに専門性を高めていき、各自の研究テーマを深く研究することができます。

幅広い科目と専任教員のサポートできめ細やかに指導

学べば学ぶほど、さらにその先を知りたくなるのが歴史の魅力です。幅広い科目と専任教員のサポートで、学生の多様なニーズに応えます。

実践的な学びだからこそ、感じられる世界がある

歴史は空想の産物ではありません。現場に足を運び、本物の史料を読み、確たる裏付けに基づいて物事を考える力を養います。

独自の副コース(アーカイブズ基礎講座)を導入

近年社会的な関心が高まっている公文書などの記録史料(アーカイブズ)やその管理の在り方について、4年間で体系的に学ぶことができます。

4年間の流れ

駒澤大学で過ごす充実の4年間。
どのようにステップアップし、自らを成長させて行けるかを紹介します。

1年次

歴史研究を行う専門科目への導入として、日本史のおおまかな流れを学習。エビデンスに基づいて思考する力を養い、歴史研究の基礎的方法を学びます。

2-3年次

各自が学びたい時代・分野に関する専門的知識を習得します。特に、古代から近代にかけての史料を講読する日本史史料講読Ⅰ~Ⅳは、日本史を実証的に研究するための重要な科目となっています。

3-4年次

日本史学演習Ⅰ・Ⅱでは、史料の解読力を身につけるとともに、各自の研究テーマに合わせて卒業論文を執筆するための調査・研究方法を学びます。その集大成として、卒業論文の作成に取り組みます。

DATAで見る学科

学部や学科の個性を数字で見てみましょう。
そこからこの学科にしかない魅力が見つかるかも!

402

文学部 歴史学科 日本史学専攻の学生数

2021年5月時点の学生総数は402人(1〜4年)。男子学生は228人、女子学生は174人です。

11

直近3年間で11名が現役で教員採用試験に合格

毎年、全国各地の中学・高校の教員となる卒業生が多い歴史学科日本史学専攻。2020年度から2022年度までの3年間で、11名が教員採用試験に合格。非常勤講師を含めると、2022年度卒業生だけでも新たに7名が2023年4月から教壇に立っています。

8

日本史学の指導に長けた8名の教員が在籍

歴史学科日本史学専攻の教員数は8名。その内訳は、古代史担当が2名、中世史担当が2名、近世史担当が2名、近代史担当が1名、近現代史担当が1名。各時代の専任教員が、熱のある指導を行っています。

もっとくわしく!歴史学科 日本史学専攻

さまざまな学びを展開している駒澤大学。
その一例をよりくわしく紹介します。学びの内容から、その先につながる自分の未来を想像してみよう。

実践的な学びで物事の本質を捉える力を養う

1年次に歴史学の基礎を習得。2・3年次では、史料講読・古文書研究や各時代史の科目を通じて専門性を高めながら実証と解釈を学び、物事の本質を捉える力を養います。4年次には、自ら歴史像を構築しながら卒業論文を執筆し、論理的な思考力を身につけます。

壮大なる歴史を広く、深く、体系的に学ぶ

古代史、中世史、近世史、近代史、近現代史と、各時代の専任教員が揃っており、専門分野の学びが非常に充実しています。宗教史、思想史、政治史、経済史、社会史、外交史、文化史、地方史に関する科目を幅広く開講し、学生の多様なニーズに確実に応えます。

現場で歴史を学び、その力を仕事に結びつける

歴史の現場に自ら赴き、その空間を体感してこそ見えてくる世界があります。こうして学んだ歴史を、将来の仕事に生かすことが可能です。中学(社会)、高校(地歴・公民)の教員免許、学芸員資格講座、学校図書館司書教諭講座などを揃え、みなさんを全力でサポートします。

社会とつながる歴史学科日本史学専攻の学び

ニューノーマルな時代になり、さらに大切さを増す“社会とのつながり”。駒澤大学で出会い、関係し、新たに身につけられる社会とつながる学びを探ってみよう。

中高の先生として活躍する卒業生を招き 教員志望者に向けた懇談会を年1回実施

毎年12月第1週に、歴史学科独自の現職教員との懇談会を開講。中学・高校の教員として活躍する卒業生を5、6名招き、教員志望者へのアドバイスに加え、仕事のやりがいや苦労などを語っていただきます。学生たちからは、「現場の声を聞くことができ刺激になった」「試験に向けてモチベーションが向上した」という感想があがっています。また、面接対策講座も行っています。

積極的に学外へ出て社会の空気を実感 好奇心旺盛な学生による課外ゼミ活動

向学心旺盛な学生たちが運営する課外ゼミ活動では、学びの場を学外にまで広げています。たとえば、幕末維新史研究会のメンバーは、日本で最初の米国総領事館となった伊豆下田の玉泉寺を訪れ、院生の指導のもと、古文書の調査・整理などに取り組みます。このような形で社会の空気を吸うことで、日本史をより立体的・多角的に捉えることが可能となります。

個性あふれる卒論

4年間の集大成として卒業研究に取り組むことも駒大の学びのひとつ。
それぞれ興味をもったことを深められるから、個性的なテーマの卒業論文がたくさんあります。その一部を紹介。

論題「天神信仰-菅原道真に対する観念の変化-」

延喜3年(903)の菅原道真没後、相次いで政権の重要人物が亡くなります。これは一説には道真の怨霊によるものとされていますが、「道真の祟り」として初めて認識されるのは延長元年(923)宮中清涼殿の落雷事件です。恐れの対象だった道真が、どのようにして学問の神として祀られるまでになったのか、その観念の変化について研究しました。

現在の京都府京都市、北野の地は道真母の出身氏族(伴氏)の拠点であり、9世紀後半には豊作を願うため雷神が祀られていました。これらのことが、道真と北野社が結び付く背景にありました。一方、学問の神としての道真像が展開するのは11世紀以降で、特に『道賢上人冥途記』や『北野天神縁起』などが大きく寄与しました。

論題「伊達政宗と保春院」

戦国大名伊達政宗の実母保春院は、伊達氏と隣国最上氏との同盟成立により、政宗の父輝宗に嫁いだ女性です。保春院の兄、最上義光の求めに応じて政宗を毒殺しようとしたことで知られています。難を逃れた政宗が同母弟の小次郎を斬殺したために、保春院は実家に逃走したと、江戸期以来、長くいわれてきました。しかし、近年この通説が見直されています。本論は、新研究に学びながら、保春院から政宗に宛てた書状を読み込み、保春院と政宗の関係について研究しました。

論題「新選組と多摩の豪農層-書簡の分析を中心に-」

幕末に活躍した新選組の近藤勇・土方歳三らと、新選組の支援者であった多摩の豪農小島鹿之助や佐藤彦五郎らとのネットワークについて検討しました。近藤や土方が京都から多摩へ送った書簡は、多摩地方の豪農層によって回覧されており、時期による宛先の変化にも注目しています。近藤の書簡では、元治元年(1864)以降に攘夷の考えを捨てていったこと、土方の書簡では、しだいに「尽忠報国」の意味が変わっていくことなどを明らかにしました。

論題「開拓使官園とホーレンス・ケプロンの勧農政策」

ホーレンス・ケプロンとは、明治初年に北海道の開拓を推進するため、開拓次官の黒田清隆によって招聘され、開拓使顧問となったアメリカ人です。彼によって、北海道における勧農政策が展開されていきます。これまでの研究では、開拓使時代の勧農政策の多くは定着しなかったと評価されていました。しかし、本論では畜産・水稲・畑作・果樹などの試作・普及・奨励の実態を明らかにすることによって、それらが北海道に根づき、北海道農業の発展に大きな影響を与えたと結論づけました。

先輩たちのシューカツ

これまでに25万人を超える卒業生を送り出してきた駒澤大学。
先輩たちが、どんな企業や団体で力を発揮しているのか、その一部を紹介します。

いなば食品株式会社、東洋紙業株式会社、日本工機株式会社、
日本航空電子工業株式会社、山九株式会社、株式会社ヤマダホールディングス、
株式会社オリエントコーポレーション、ウチダエスコ株式会社、
株式会社日立ビルシステムエンジニアリング、横浜地方法務局、東京国税局、
川崎市役所、飯能市役所、山梨県警察本部、神奈川県教育委員会
横浜市教育委員会、千葉県教育委員会、埼玉県教育委員会

※2022年3月31日現在

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